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バケツを叩くシドニーの路上パフォーマー/中村鷹人さん(23歳)

ワーホリお仕事図鑑

「ワーホリだから、限られた業種でしか働けないだろう」なんとなくそう思っていませんか? どんな仕事でもできるのが ワーキングホリデービザのいいところ。オーストラリアでさまざまな 仕事をしているワーキングホリデーメーカーたちに注目してみましょう!

――現在の仕事をはじめるまでの経緯を教えてください。

小学6年生から吉本興業でお笑い芸人をやっていたので、英語を勉強してスタンドアップコメディをやりたかったんです。日本だけでは収まらない大きいエンターテインメントがやりたくて、大学を卒業した年の5月にオーストラリアに来ました。

この1年はひたすら英語を勉強するつもりだったんですけど、毎日語学学校に行って、土日は学校の友だちとBBQをする生活に飽きてきちゃって。お金もなくなってきたし、「もっと自分を驚かせるくらいの刺激を与えないと、人を楽しませることはできないんじゃないか」と考えていたときにバスカー(路上パフォーマー)を見て、「これだ!!」と思ってはじめました。今はタウンホール目の前のウールワースとワールドスクエアの前で活動しています。

大学時代は音楽をやっていたので、音楽を流して何かやりたいと思ったけど、僕はダンスができないし、ギターやベースでは他の人と差別化ができない。ドラムが見た目で一番刺激を与えられると思ったけど、ドラムセットを買うお金はないし、そもそも持ち歩けない。そんなときに、隣の家の人がバケツをたくさん捨てていて、気が付いたらゴミ捨て場から拾ってました(笑)。黄色い服は、日本を出発するときに見送りに来てくれた友だちに強引に持たされたものです。こんな風に役に立つとは思わなかったですね(笑)。

 

――オーストラリアを渡航先に選んだ理由は何ですか?

留学エージェントの方にオーストラリアは多様性に富んでいると聞いて、決めました。大学で心理学を勉強していたので、いろいろな国の人の心理を知りたかったんです。来てから知ったんですけど、実はオーストラリアはバスキング大国で、バスキングをするためだけに来る人も多いんですよ。結果的にラッキーでした。

 

――仕事を始めてみての感想を教えてください。

世界観が変わりました。僕は日本で路上パフォーマーに足を止めたことがないんですよ。なんでこんなところでやってるんだろう、くらいに思ってて、興味を持つこともなかった。だから誰も足止めないだろうと思ってドキドキしながら始めてみたら、たくさんの人が足を止めてくれて、写真を撮ってくれたり、チップをくれたりする。

「捨てるはずのバケツをリサイクルして命を吹き込んで、それで人を笑わせるなんてすごい」っていろいろな人が言ってくれて、なかには「これが本当のドラムセットだったらチップをあげてないわ」と声を掛けてくれる人もいました。たまたまゴミ捨て場にあったのを拾っただけなので、「そ、そんなつもりでは……」という感じですけど(笑)、結果的にバケツっていうチョイスも正解だったのかな、と思ってます。オーストラリアの人は優しくて暖かいから、チャレンジしやすいですよ。

 

――仕事をする上での苦労を、どのように乗り越えていますか?

最初のころは「道は俺たちの家だぞ」と、ホームレスの人にバケツやチップのカゴを蹴られたり、消えろって言われることもありました。何度もやめようと思いましたが、続けることが何よりの力だと信じているので、「もうちょっと」の繰り返しでなんとか続けています。

今は学校も仕事も終わったくらいのタイミングの街を盛り上げるつもりで、午後3時くらいから夕方までやっていますが、本来バスキングは必要ないもので、病院や学校と違ってなくなっても誰も困りません。その葛藤がすごくあって、タウンホール駅のトイレで着替えながら、「これをやる意味はあるのか?」って、いつも自問自答しています。だからこそ、多くの人に楽しんでもらって、必要だと言ってもらえるのが幸いです。

 

――現在の仕事を通じてよかったこと、成長したと思うことはありますか?

一番印象に残っているのは、「シドニーは色味がない。建物は茶色と黒ばかりで面白みもないし、奇抜な色が街にあるわけでもない。でも君が来てくれたおかげで、シドニーという街が明るくなったよ、ありがとう」と、チップをもらえたこと。他にもわざわざ手紙を書いてくれた子がいたりして、応援してくれる人がいるおかげで続けられています。贅沢はできないけど、レントが払えるくらいは稼げるようになって、最近では地元のメディアにも取り上げてもらえました。

成長したところは、英語を使う自信がついたこと。もともと英語が嫌いで、語学学校のクラスも最初は一番下のレベルでした。猛勉強して3カ月で一番上のレベルまで上がったけど、英語を使うのが怖かったんです。でも、バスキングをはじめてからいろいろな人が話しかけてくれるようになって、英語を話す機会が増えたら、知らない人と話すのが怖くなくなりました。

 

――最後に、今後の目標を教えてください!

「パフォーマー」なんて高い存在じゃなくて、いつでもみんなを笑わせられる、シドニーのマスコットみたいな、身近な存在になりたいです。だからカメラを向けられたらピースをしますし、「いっしょに写真を撮ろう!」っていう看板を出しています。たとえ短くてもコミュニケーションを取った時間を大切にして、「前にシドニーにあんなやつがいたな」って後から思い出してもらえたらと思っています。

僕は3歳のときに家族を失って、施設で育ったこともあって「誰に認められて生きていけばいいんだろう」という思いが小さいころからありました。「隣の子を笑わせて『お前がいてくれてよかった』って思ってもらおう」という小さな挑戦をしている小学生のときも、シドニーで変な格好をしてバケツを叩くことで「君がいてくれてよかった」と言ってもらおうとしている今も、「自分の居場所を作るために、人を笑わせたい」という軸はずっと変わっていません。僕にとっては、人を楽しませることが自分が笑っていられる唯一の手段。誰でも家族や友だちに認められたい気持ちがあると思いますが、僕の場合はその対象が不特定多数の人なんです。

オーストラリアの次は、カナダのトロントに行きます。寒さ次第ですが、またバスキングをやるつもりです。しばらくは世界を回っていろいろな風景を見て、匂いや温度を肌で感じて、人についてもっと知りたい。豊かで深みのある人間になって、エンターテイナーとして日本と世界に刺激を与え続けたいですね。

 

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取材・文・撮影:天野夏海(編集部)

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