冠婚葬祭

ゴールドコーストとハト時計

先日、撮影の関係でゴールドコーストに2日ほど訪ねる機会があった。

2日目の仕事がお昼頃に終了し、シドニーに帰るまでのフライト時間まで3時間ほどあったので、「久しぶりにサーファーズパラダイスの町でもみるか」と目的も方向感覚も無いままウロウロすることにした。

シドニーに比べると随分暖かいサーファーズではあったが、さすがに冬ということもあり、観光客どころか小鳥達の姿も見えないほど町全体がシーンとしていたのには驚かされた。

以前の・・と言っても随分前になるが、昔のサーファーズパラダイスにはお土産屋さんがズラーッと並び、「ちょっとー、お兄さーん!見ていくだけでも見ていってー!」とか「ちょっとおばちゃーん、うちの店のほうが安いでぇーー!入っていってーー!なぁーっ!」と、まるで壊れたハト時計かのように、若いお兄ちゃん達がお土産屋の入り口から交互に出たり入ったりと、せわしなくしていたものだが、どうやら最近はそのハト時計ごと消滅してしまったようで、等身大の大橋巨泉の看板だけが静かに笑っていた。

そんな中、メインストリートから少し外れたところに、とてもこじんまりした日本食レストランを見つけた。

”老舗”という言葉がピッタリのそのレストランには、”アンティーク”という言葉がピッタリの赤木春江似のお婆さんが、のれん越しに座っているのが見えた。

赤木春江は私の存在に気づくと、「あら、いらっしゃいー!」と、のれんの向こうから顔を出し、ニッコリと私の顔を見てこう言った。

「あら?あんた、観光客じゃないねぇ。私にはわかるのよぉー、あんたここに住んでるでしょ?じゃ、全品どれでも1ドル引きね!」と、とてもチャーミングな笑顔で、カウンターの上に置いていた私の右手をギュッと握った。

あまりにも一瞬の出来事に困惑していた私に「とんこつラーメンでしょー?でしょっ??」と今度は私のオーダーまで推理し始め、年季の入った指で私の顔を指差し「じゃ、とんこつラーメンでいいわねっ!」と、何故か1ドル引きのとんこつラーメンを作り出した彼女の後ろ姿を見ていると、まるで幸楽ラーメンの撮影現場にでも出くわした気分になった。

”観光客らしくない私の顔・謎のローカル割引システム・赤木春江と幸楽ラーメン”のトリプルコンポに圧倒させられ、困惑したな私の顔は、えなりかずきが「もぉーっ・・・」と言う時の顔に似てるに違いなかった。

そうこうしている間に、シドニーへ戻るフライトの時間が近づいて来たので、私はタクシーに乗り込み大雨の中クーランガタ空港に向かった。

「あぁ、これでまた暫くここに来る事もなくなるなぁー・・」などと、雨のゴールドコーストでちょっとセンチメンタルな気持ちになり、フリーウェーを走るタクシーから窓の外を見ていると、道の反対側に巨大なモーテルの看板が立っているのが見えた。

その看板には何故か巨大な乳牛の模型が乗っかっていて、やまぶき色のど派手な背景に、真っ赤な文字でモーテルの名前が描かれており、その下に”We have COLOUR TV!!!”とカラーの部分を大文字にし、おまけにびっくりマークまで3つもつけて、

”うちのモーテルにはカラーテレビがあるぞーー!!!まいったかーっ!”と、言わんばかりの看板を高々と揚げていたのには、さすがの私も驚いた。 近年、稀に見ない打ち出し方である。

センチメンタルな気分もすっかり吹っ飛び、私は無事にクーランガタ空港に到着した。 

さっさとチェックインを済ませ、空いている席に腰掛けてゲート内のテレビ画面を見上げると、大雨の為か、ラグビー試合の映像がサーッという音をたてて白黒に写っていた・・

壊れていたはずのハト時計「ポッポー」と一度だけ聞こえた気がした。 (完)

 

シドニー・クリエイティブフォトグラフィー

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