♦凍死セミナー♦
私には“山中さん”という友人がいる。
“山中さん”は私がシドニーに降り立った10年前からの友人で、現在はIT業界でバリバリ働くお姉さんである。 そんな彼女とのつきあいが長いためか、お互いの財布の中身まで把握している程で、現在では“かーちゃん“とまるで”昭和の女房”のように呼ばせて頂いている。
そんなある日、かーちゃんから“今日は投資セミナーにいくから夜はあけといてよ”と、強制的なアポがはいった。
彼女とはかれこれ10年以上の付き合いになるが、かつて彼女の口から“投資“などのビジネス的な用語を聞いたことが無かった私は、“まさか、凍死セミナーか何かの間違いじゃーないだろうねぇー”とトウシ違いを疑ってはみたのだが、“まだそこまでボケておりません”と冷静なメールが返ってきた。 どうやら朝はローキーな彼女である。
その夜、“セミナー参加にはイメージも大切だ“という彼女のご意見にあっさり納得した私は、
いつもの小鳥さんのプリントのトレーナー姿ではまずいということになり、早速ビジネスマンチックなスーツに着替え、”私は国際投資家ですよー“と言わんばかりに、空の書類ケースを片手に、
待ち合わせ場所に向かったのである。
待ち合わせよりも10分ほど早めに着いたにもかかわらず、既にかーちゃんは到着していて、「ちょっとぉー、今日は、あたしたちの人生が360度変わる日になるかも知れないんだから、しっかりセミナー聞いててよー!」と、いつもより鼻息の荒い彼女は、スタスタと歩き始めた。
“360度って・・・グルッと回って始めに戻ってるし・・・” なんだか、頼りない投資計画の始まりである。
そんな私たちをよそに、市内の高層ビル内にてセミナーが開始されたのだが、さすがに“投資セミナー“というだけあって、頭のよさそうなビジネスマンの方々や、既にお金持ちそうなキャリアウーマンの方々が50名ほど出席されていて、小鳥さんのトレーナーを着てこなかった事だけは正解のようだった。
そんな中セミナーが開始されたのだが、かっぷくのよいセミナー講師は部屋に入ってくるなり、私達の目を見据えてこういった。
“最近の投資は、資金が少ない方でもできます!”
まるで “あんたのふところはお見通し“とでも言わんばかりに、かっぷくのいい講師は私とかーちゃんの方を見て深くうなづいた。
どうやら彼は投資講座の講師以外にも、私達の貯金額まで透視出来るようで、彼こそマルチなダブル投資(透視)家ではないか。
そんな事とは知らず、私の横で口をあんぐり開け、前方のスクリーンを見つめていたかーちゃんの姿は、セミナー参加のキャリアウーマンというよりは、投資で稼いだ金の使い道を夢見るグリーディーウーマンといった言葉がピッタリなのは情けない限りだ。
そんな1時間のセミナーも終了に近づいてくると、「以上となりますが、何か質問はありませんか?」とかっぷくのいい講師は受講者を見渡した。
その瞬間私の右側で、黒い影が立ち上がったのを横目で確認すると、かーちゃんは約50名の出席者を前にまぎれも無く大きな声でこう質問した。
「あのぉー、損することなく儲ける方法はないのですか?」
一瞬にして室内の空気を冷凍化させ、私を凍死させかけた彼女の寒い質問に、かっぷくのいい講師はきっぱりこういった。
「そんなのがありましたら、私が教えて頂きたいくらいです。」
怒りに満ちたごもっともな意見である。
こうしてかーちゃんの投資計画は瞬間解凍のごとくあっさり終了したのである。
投資だか透視だか知らないが、これを期に橋の下で凍死などしないように、せいぜい日々のお勤めに力を入れて頂きたいものである。
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