♦芸能人に会いたくて・・♦
先日、某雑誌の撮影で、東京に1週間滞在することになった。
今回はタレントさんの撮影という事もあり、どうやら私の中で緊張していたようで、打ち合わせの前夜は、ホテルのベッドで寝返りを5000万回繰り返し、結局ほとんど寝付けることが出来なかったミーハーな人間は、何を隠そうこの私だ。
京都の中でもかなり田舎出身の私にとって、芸能人を拝見出来る機会などはかなり稀で、私が人生で初めて見た芸能人といえば、私が小学生の頃に近所のスーパーで余興に来ていた、漫才師の今いくよ・くるよくらいである。
当時は漫才ブームという事もあって、ある日新聞の折り込み広告に入っていたスーパーのチラシに、”今いくよ・くるよが今日来るよ”と、ダジャレ風に記載された記事をうちの母が発見し、それを知った私と姉は、6畳の部屋をかけまくり、発狂したものである。
ちなみに私と姉の発狂ぶりというのは、"狂喜の沙汰・実際の生映像”として世界に紹介したいくらい分りやすいもので、片手を口元にあてたり、離したりして「アパパパパーッ!」とインディアンの物まねをして踊ってみたり、狭い台所で姉と横並びになって正座をし、両手を上げたり下げたりして、「ありがたやぁー、ありがたやぁー!」と、いくよ・くるよの来訪に感謝すべく、アラーの神に祈りをささげてみたりした。
今考えれば、そんな私と姉を見て、さぞ母はがっかりしたであろう。 ”そんな事より宿題しなさい”とさえ、言えない夢想状態である。
予断になるが、当時どこかのメーカーのコマーシャルで、”インディアン嘘つかなーい!!”という、”何の根拠も無いフレーズ”が流行したが、当時その言葉を素直に信じていたのも、この私だ。
”そうかぁ、インディアンは嘘つかないのかぁー、すげぇーなぁー!僕も嘘つかないようにするぞぉー”と、子供ながらに将来への野心をもやし、反省したりしたものである。
そんな”狂喜の沙汰状態”の私と姉は、通常特売商品がおいてあるエリアに設置されたステージのまん前に陣取り、いくよ・くるよの登場を待った。
”くるよちゃん、何回おなか叩くかなぁ?いくよちゃんの付けまつげ見えるかなぁ?”としつこいくらい質問する私に、”そうやなぁー、やるんちゃう?”と姉はクールに答えた。
姉は昔からクールな女性で、先ほどの狂喜の舞のような狂った姿は、自宅以外では絶対に見せなかった。 私はそんなクールな姉の横顔を見ながら、景気づけに大笑いの練習をすることにした。
一番前の席に陣取っているくせに、クスクス笑うのは失礼だと思ったのだ。 私は姉のようにクールではなかったが、割と気の利く子供であった。
私は突拍子も無く、「わはははははーーーっ!だはははははーーっ!」と両手を上げて笑ってみたり、わき腹を両手でかかえるようにして、「うっきゃっきゃっきゃーー!」と笑ってみた。 そんな私を見て、「あんたそれ、ちょっとわざとらしいんじゃないの?サクラだと思われるよ。」と一言残し、ステージを見つめた。 彼女のクールなところは、冷静さと比例しているようだ。
スーパーが開店する前から待機していた私と姉は、朝からグイッといったラムネが効いたのか、それとも芸能人を目前にしてか、私は急に用をもよおした。
出来る限りギリギリまで我慢してみたが、どうしても我慢が出来なくなった私はその旨を姉告げると、「あんた、はよ行かな、くるよちゃん来るでー、はよ行ってきーー、あほやなー」と私の頭をピシャリとひっぱたいた。
私は我ながらのタイミングの悪さと姉のクールな応答に悲しくなり、「うぇーーーんー!」と泣き出しながら、トイレに向かって駆け出した。
出来ることならダッシュで近場のトイレに行きたかったのだが、ギリギリまで我慢し続けたので、足を交差しながら早歩きをするのが精一杯だった。
そんな姿で横歩きの私はトイレに付近に到着した頃、「わぁーーーっ!!!」という歓声が聞こえた。
”いくよ・くるよが登場したにちがいない・・・”
野生の感でそう感じた私は、個室のドアを勢いよく閉めてガチャリと鍵をかけた。
私は余程あせっていたようで、ズボンのチャックがズボンの生地の部分にはさまりチャックは半開きのまま動かなくなった。 そんな私は仕方なくズボンをまるごと降ろして、用を済ませ、半開きのチャックを隠すようにTシャツをグイグイ引っ張りながら、いくよ・くるよのもとへダッシュした。
さすがに漫才が始まると、さっきよりも随分人が増えていて、幼児の私は大人達の足の間から姉の後頭部を見つけた。
「よーーし!」と言わんばかりに、掻き分けるようして姉の元に進もうとしたが、あまりに人が多くて全然前には進めない。 くるよちゃんがすぐ近くにいるのにくるよちゃんの衣装さえ見えない私は、半泣きで姉のもとへたどり着こうとグイグイ押してみたが大人の足は動かない。
「わははははーーっ!」皆がうけている・・・。 早く私も見たい・・・
そんな私のあせりをよそに、「ええかげんに、しなはれー!どーもありがとございましたーー!」という声を最後に、人の群れがわさわさと消えていった。
”ま、まさか・・・・・・・。 がーーーーーーーん・・・・・。” お、終わった・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・。
やっとのことで、姉のもとにたどり着いた私に「あんたどこ行ってたん?アホやなー!もう終わったでー!」と半泣きの私に追い討ちをかけるように、姉はピシャリと私の頭を叩いた。
「くるよちゃん、おなか叩いとった?いくよちゃんの首のスジ見えたか?おにぎりの海苔みたいな頭しとったー?なぁーーー??」と質問ぜめの私に姉はクールにこう言った。「そうやー、何回もしてはったー テレビと同じネタやったでー、あの新幹線のネタや!あんたも知っろとるやろ」
”あぁ、新幹線のネタかー・・・何回も見たなそれー”とは思いながらも、誰かの足の間からチョロっとだけ見えたくるよちゃんは偉大だった。
漫才の後に握手会・サイン会が催されていたのだが、握手やサインが貰えるのには整理券が必要だったので、私はサイン会のテーブル近くにあったエスカレーターを何度も上がったり下がったりして、くるよちゃんの”海苔頭”を何度も何度も見つめてスーパーを後にした。
こうして私は、初の芸能人を中途半端に堪能し、姉と一緒に家路についた。
私と姉は我が家に到着し、自宅のドアを開けた瞬間「いくよ・くるよどうやった?」という母の質問に、「いくるよちゃん、何回もお腹叩いてたでー! でも同じネタやったでー、新幹線のネタやったわー」と答えたのは、紛れも無くこの私である。
こうして私は初の芸能人との遭遇と嘘の報告を終え、またインディアンに反省する日々が続いたのだった。
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