冠婚葬祭

そんなあなたに騙されて・・・

♦そんなあなたに騙されて・・・♦

私は小学生の頃、とても忙しい子供であった。

月曜日から金曜日までは、皆と同じように小学校に通っていたし、当時は土曜の朝も学校だったので、週に5.5日勉強をしていた事になる。

当時の私は、月・水・金とそろばん塾に通い、火・木はスイミングスクール、土曜の早朝はバスケットクラブに参加し、お昼からは空手に通い、日曜にはお絵かき学校にまで行っていた。

近所のおばさんや学校の先生からは、”あらぁ、いっぱい習い事してるのねぇ、えらいわねぇ・・”と良くお褒めの言葉を貰っていたので、”いえいえぇー、とんでもありませんー” と子供ながらに謙遜していたものだが、今から考えると私の希望で参加したのはバスケットクラブだけだった事に最近気づいた。

当時私は、喘息(ぜんそく)もちだったので、うちの母が ”喘息はねぇ、スイミングに行けば治るんだってさ、通ってみる?” の一言で、翌週から隣町のスイミングスクールに通う羽目となった。 

このスイミングスクールは、私にとって始めての習い事だったというのもあるが、人並みには泳げる様になったし、そのせいかはわからないが、喘息も治り、スクールで友達も出来たので、これに関してはヨシとしよう。

しかし、合計7年間も通っていたそろばん塾は、まるで ”ロス疑惑” と同じくらい、私の母の悪知恵に騙されたと言っても過言ではない。

私には2つ年上の姉がいて、小学校4年生の姉は私が後に通うことになったそろばん塾に既に通っていた。 当時は習い事と言えば、そろばん塾か習字というのが主流だったので、姉もなんとなく通い始めたのだろうが、私が小学2年生になった時、私の母は私にそろばん塾を強要した。

私は当時9歳たらずではあったが、既に計算が苦手で、算数のテストでもろくな点数を取らなかったからという妥当な理由ではあったが、

計算機があるのに、なんでそろばんなんか習わないといかんのー?そんなの行きたくなーーい!”と頑固に拒んだものだ。

そんな幼い私に、大人の母は悪知恵を聞かせてこう言った。 

あのねぇ、そろばんで3級をとらないとね、高校にいけないんだよー、それにねぇ、そろばん塾に行かない子は不良になるんだって、恐ろしいねぇ・・ あぁーこわい、こわい・・・

私が小学生の頃、不良少女系のドラマが流行っていたので、"不良少年”というものがどれほど恐ろしいものであるかは良く知っていた。

未成年なのにタバコを吸ってオートバイを乗り回したり、ウンコ座りしてシンナーを吸ってみたり、そして最後には少年院という子供の刑務所に入れられてしまうという恐ろしい結末を迎える事を周知していたので、私は、まんまと母の悪知恵にひっかかり、翌週からそろばん塾に通う事になったのである。

そんな多忙なスケジュールの中、ある日私は突然ピアノを習いたいと言い出した。

近所の和美ちゃんも真由美ちゃんも通っていたし、幼い私には”音楽の才能があるかも知れない”と思ったのかは知らないが、どうしてもピアノが習いたいと母に迫った事があった。

私の実母は、ピアノ習得を熱望する幼い私にこう言った。 

あのねぇ、ピアノはねぇ、女の子だけが習うのー、和美ちゃんも真由美ちゃんも赤のピアノカバンもってるでしょ? あんたが赤のカバンなんか持ったら変でしょ、男の子なのに? だから、習字にいったら?佐々木君も行ってるでしょ?”

佐々木君とは、当時私が仲良くしていた近所の友達である。

そうかぁ、そう言えば男でピアノは変かもな・・ ユーミンも女だもんな。 習字もいいかもな、佐々木君も行ってるしなー” と 幼くて素直な私は、”実家がせますぎてピアノがおけない・・” という本当の理由を知らされる事も無く、そのまま母に連れられて習字の先生に会う事になった。

しかし習字の先生は、”あら、かつ君は左利きなの? じゃぁ、お習字は無理ねぇ・・・” と 私はギリギリの所で習字に通わされる事をまぬがれた。

そこで私の母は ”じゃ、空手しようかー かっこいいよー 強くなれるからねぇー ジャッキーチャンみたいにねぇー、アッチョー!”と、ジャッキーチェンのものまねをした。 

私は空中で一回転しながら大きな相手を一蹴りで倒した図を想像した。 勿論その図は、あっさりと幼い私を納得させ、私は晴れて空手道場に入門することになった。

こうして私は同じような成り行きでお絵かきクラスにも通い、スーパービジー少年となったのだ。

おかげで私はそろばんの1級を取得したものの、現在は単純な計算でも、電卓を使用し、空中で1回転する事は無いものの、空手でもそれなにのベルトを頂き、ひょんな事で泥棒を捕まえたりもしたが、今は何故かカメラマンである。

もし私があの時ピアノを習っていれば、今頃は東京ドームまでは行かなくても、大阪城ホールくらいで平井賢のようにピアノの弾き語りで観客をアッと言わせていたかも知れないというのに、今は自ら読者の皆様の笑いのネタとなり、利益も地位もファンも付かないエッセイブログに時間を費やしていると言う現実に直面している私は、人生の厳しさと切なさを教えられた気がしている。

ちなみに本ブログエッセイのタイトル ”そんなあなたに騙されて・・・” は、当時流行った歌謡曲”そんなヒロシに騙されて・・” からもじったものだが、当時私も "ヒロシに騙されるなんてバカだねぇー"などと言いながら、よく姉とこの歌を口ずさんでいたものだが、どうやらバカだったのはヒロシでもヒロシの相手でもなく、25年以上も前に、実母に騙された事に最近気づいた私である事はまげようのない事実である。 

読者の皆様も、親や親戚だからと安心していると、うっかり足元を救われてしまうので、くれぐれも気をつけて頂きたいものだ。 

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