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国境と音楽とオーストラリアの文化

「音楽に国境がない」とよく耳にします。そもそも国境というものは便宜的な分割で、政治的なのか、言語的、文化的なのか、「国境」が何を指すのかによっても意味は変わってきますが、私は「国境はある」と思います。

今の時代は音楽の分野に限らず、科学研究や芸術上での各国での文化的な差異は玉石混交されてきています。それでも音楽なら、クラシック、ジャズ、和楽などの前提がまずあって、そこには違う価値観があって、しばしばそれを越境する人たちが出てくる。クラシックの価値観でジャズを判断してしまったら、出来損ないの変奏曲になってしまうかもしれません。でも価値観を切り替えてみたら、そこから広大なジャズの国が見えてくるかもしれません。例えば、これから音楽の世界を旅行する人がガイドブックで「現代音楽の国」のページを見たときに、「現代音楽の国民は喜怒哀楽とはちょっと違う感情の文化を育んでいます」といった説明が書いてあったらどうでしょう。

「そんな国があるの? よくわからないけど価値観が全然違うんだね。じゃあ、現代音楽の国に行くときは、地元の人の感覚を想像して聴いてみようかな」

そんなふうにイメージが膨らみませんか? 少なくとも、自分と同じ反応を相手に期待することは減るんじゃないでしょうか。おっかなびっくり、でもワクワクして旅行しに行きたくなります、私なら(笑)。何しろ自分にはない発想というか、見方が得られるかもしれない機会なわけですから。


画像出典元:Taikoz Facebook

どうしてこんな話をするかと言うと、先週末にTaikoz*とシドニー交響楽団**のアンサンブル「Taikoz and the SSO」のコンサートを聴いて思うところがあったからです。今回のコンサートは、ニューヨークを基盤に活動する邦楽奏者の渡辺薫さん***もゲストに迎えて、日本音楽の影響を受けた4人の豪米ミュージシャンによる曲目を、オペラハウスで演奏するもの。プログラムはこんな感じでした。

  1. 「Waves」イアン・クリワース(オーストラリア)
    左右の面で音程(音質)が異なる「kanade」という特注の桶胴太鼓によるソロ。
  2. 「Dreams」渡辺薫(アメリカ)
    篠笛、和太鼓、和楽器、声楽とオーケストラのアンサンブル。日本の伝統的な五音音階というか、能や歌舞伎で使われるような音階が、篠笛や和声でたっぷり聴けます。始終、幽玄な世界観に包まれています。
  3. 「バレエ音楽『パゴダの王子』より、ローズ姫の黄泉の国の旅」ベンジャミン・ブリテン(イギリス)
    オーケストラのみ。「パゴダ」は英語で「仏塔」のこと。バリ島のガムラン音楽に魅了されたブリテンの曲です。
  4. 「Cascading Waterfall」ライリー・リー(アメリカ)&イアン・クリワース(オーストラリア)
    尺八、弦楽器、打楽器、和太鼓のアンサンブル。尺八の本曲『瀧落(たきおとし)』にインスパイアされた曲で、尺八大師範のライリーさんの尺八の伴奏は、もともと南インドのカルナータカ音楽がモチーフ。
  5. 「バレエ音楽『パゴダの王子』より、ローズ姫と王子のパ・ド・ドゥ」ベンジャミン・ブリテン(イギリス/現代音楽)
    オーケストラのみ。「Cascading Waterfall」のあとシームレスで静かに始まります。
  6. 「Shinobu」渡辺薫(アメリカ)
    篠笛、和太鼓、和楽器、声楽とオーケストラのアンサンブル。薫さんによると、娘さんが生まれて間もなく作曲したそうで、曲名も彼女の名前だとか。
  7. 「Breath Of Thunder」ラクラン・スキップワース(オーストラリア)
    和太鼓、尺八、篠笛、オーケストラのアンサンブル。日本の音楽に影響を受けたオーストラリアの若き作曲家、ラクラン・スキップワースの新曲です。彼は日本で尺八を学び、日本滞在時のさまざまな経験も曲に落としこんでいますが、Taikozやライリーさんとの作曲中は「東洋と西洋」の境目を忘れて、ひとつの自由な人間の力を表現しようと試みたそうです。20分の大作は尺八のソロから始まり、そこへオーケストラが挿入され、雷鳴のような太鼓が打ち込まれます。表現方法、特に尺八は「伝統的」になりすぎないように心がけて、Taikozのイアンさんと密に曲を練ることで和太鼓奏者の動きについても魅力を持たせたそうです。

イアンさんによると、コンサートは日本の能や歌舞伎、文楽において重要な「間(ま)」がコンセプトとのこと。「間」とは経験から得るものであって独りで学べるものでも練習して得られる技術でもないと、師から学んだそうです。コンサート初日の2週間ほど前、イアンさんに「練習は順調ですか?」と訊いたところ「うーん、どうなるだろうね。でもおもしろいよ」なんて、とぼけた顔をして答えていました。

はっきり言ってしまうと、「Taikoz and the SSO」では、私が日本の芸能で感じる「間」とかなり違う不思議な「間」がありました。というか、日本でずっと暮らしている人々とはまったく異なるバックグラウンドの人々がそれぞれの経験から得た「間」ですから、イアンさんの師が言う通り「間」が経験をもとに得られるものなら、そりゃあ、どうやっても違うものになるはず。

じゃあ、それが失敗や真似事として終わってしまうのかといえば、もちろん違うと思います。

先ほど「国境」の話をしましたが、Taikozとシドニー交響楽団の人たちが挑戦した新しい「間」も、「異なるバックグラウンドを経験してきた人たちが集まって、試行錯誤してできた文化」だと思うし、私はそこから新しい発想と価値観に出会ったからです。「異なるバックグラウンドを経験してきた人たちが集まって試行錯誤してできたもの」は言語でもあるし、社会でもあるんじゃないでしょうか。オーストラリアは国として日本のように長い歴史を持つ国ではないけれど、文化的な豊かさに差があるわけではありません(これはどの国にも言えることだし、どの分野にも、どんな人たちにも言えることかもしれません)。

コンサートに出演した友達は、初日の自分の出来に満足いかなかった様子でしたが、コンサートを聴いた私は、新しい国を旅行した気分になりました。「クラシックの国」でも「伝統音楽の国」でもない「オーストラリア音楽の国」です! その友達には、自信を持ち続けて、どんどん音楽の国境を越境して、わあっと驚かせてほしいし、オーストラリアの人たちがやる「うーん、どうなるだろうね。でもおもしろいよ」ってことを、この国でもっともっと見てみたいです。


「Taikoz and the SSO」のパフォーマンスメンバー(左から3番目・イアンさん、4番目・ラクランさん、6番目・渡辺さん)

*Taikoz
日本の民族楽器に造詣があるオーストラリア人のプロパーカッショニストらがシドニーに設立し、昨年20周年を迎えました。日本の伝統的な曲や踊りに現代音楽の要素を加えたパフォーマンスで国際的に活躍しています。国内外のミュージシャンやオーケストラとの共演も多いアーティスト集団です。

**SSO(シドニー交響楽団)
オペラハウスを活動の本拠としつつ、1965年にイギリス、アジアにてオーストラリアのオーケストラとして初めての海外公演や、BBCプロムスといったヨーロッパを代表する夏の音楽祭への出演、アムステルダム・コンセルトヘボウでの公演など、その高い芸術性によって世界的に知られています。

***渡辺薫
アメリカのミズーリ州出身、ニューヨーク在住の篠笛・和太鼓・ジャズ奏者、作曲家。日本の和太鼓集団「鼓童」に10年近くメンバー兼演出家として在籍した後、ジェイソン・モランやヨーヨー・マ、映画監督のウェス・アンダーソン、マーティン・スコセッシなどとのコラボレーション、カーネギーホールやブルーノート・ニューヨークなどでの公演をはじめ、大学講師を務めるなど、音楽活動の幅を広げ続けるミュージシャン。日本の伝統音楽にジャズや現代音楽の即興・作曲法の要素を融合させる一方、文化伝承活動も力を入れています。

 

文:武田彩愛(編集部)

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