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「オーストラリアで一番おいしいコーヒー屋さんに」と高みを目指し続ける佐々昌二氏のコーヒーへの思い/カフェ「Artificer Specialty Coffee Bar & Roastery」オーナー

オーストラリアの有力紙「シドニー・モーニング・ヘラルド」が発行するガイドブック『Good Cafe Guide』で、2012年に日本人初の「ベストバリスタ(シドニー)」を受賞し、バリスタ協会の審査員も務めるなど、独自のコーヒー文化を育むオーストラリアでその実力が高く評価されている。

2014年にオープンさせた「Artificer Specialty Coffee Bar & Roastery」では、生豆選びから、焙煎、抽出まですべてを自分たちで手がける。舌の肥えたコーヒー好きが集まる実力派カフェとして不動の人気を誇るのもうなずける。サイドメニューは一切なし、シンプルにコーヒーの一本勝負という気鋭のカフェで、クオリティの追求に熱意を注ぐシドニー屈指のバリスタは、コーヒーについて何を思うのか…。

 

シドニーのカフェで皿洗いから始まったコーヒー人生

2002年にワーホリビザで来豪してファームジョブを経験した後に、シドニーでの初めての仕事がカフェでした。何十枚もレジュメを配って、ようやく見つかったのがボンダイにある「Gusto」。そこの皿洗いとして雇われたのが、コーヒーメーカーとしての始まりでしょうね。毎朝、皿洗いやサンドイッチ作りに精を出して、英語も徐々に伸びてきた約2年後、当時のマネージャーから「お客さんにサーブしてみないか」と。そこからコーヒーマシンを触るようになりました。

日本にいた頃はコーヒーとまったく縁のない仕事をしていたし、缶コーヒーやインスタントを飲んでいたので、初めてエスプレッソから出してスチームしたミルクを入れて飲んだ味には感動しましたね。当時はアジア人も少なく、スペシャリティコーヒーを謳う店もあまりなかったので、そういうカフェでアジア人が働いていると、ちょっと嫌な目で見られることもありましたし、コーヒーへの苦情もだいぶ受けましたよ。お客さんの反応が見えるから、もっとおいしく作れるようになりたいと思うようになったんでしょう。僕のコーヒーを飲んで喜んだ顔を見ると、やっぱりうれしくなるものですよ。

 

スペシャリティ・コーヒー店での下積みの日々

当時から名の挙がっていたカフェと言えば、「Campos Cofee」と「Single Origin Roasters」と「Mecca」。あとは「Toby’s Estate」と「Allpress Espresso」くらい。その中でも『Good Living』(シドニー・モーニング・ヘラルド紙のタウン情報欄)のコーヒー特集で「Campos Cofee」が第一位に選ばれて、試しにニュータウン店に飲みに行ったら本当においしくて感動したんですよ。あまりにびっくりしてもっと追求したくなり、そのカフェに通いつめて仕事のあるタイミングで入れてもらいました。

どんな雑用もしました。1日1000杯以上をサーブする店だったので、教えてほしいと1年ほど頼み続けていたのですが、次に進める気配がなく、結局、運良く空きのあったサリーヒルズの「Single Origin Roasters」に入社したんです。そこでは2年後にヘッドバリスタに上がり、振り返ると6年も働いていましたね。2012年には『Good Cafe Guide』(シドニー・モーニング・ヘラルド紙が毎年発行するカフェ・ガイドブック)の「ベストバリスタ」にも選んでいただきました。

移籍する時には他店から新店舗を任せるというオファーなどもありましたが、どうしてもしっくりこなかったんです。自分は何がやりたいのかと考えて、本格的に焙煎をしたことがないことに気づき、当時から親交のあった「Mecca」の社長に電話をして「焙煎を教えてくれ」と頼んだら、あっさり「いいよ」と。それで、アレクサンドリアにある工場で焙煎のノウハウを学ぶことになりました。

僕はラッキーなんですよ、本当に。結局、僕たちは外国にいる外国人なわけですから、人のつながりって特に大事だと思うんですね。僕はラッキーなことに、いろいろな人とつながることができた人間で、そうした人々との縁を重ねてここまで来たんでしょう。来豪する前はサッカークラブの代理人に憧れていて、英語の上達目的でワーホリに来たはずなのにだいぶ曲がって……そのまま、まっすぐ来ちゃいましたね(笑)

 

カフェ激戦区に念願のコーヒー専門店をオープン

いずれは自分の店を持ちたくて、下積み時代に自分で試行錯誤をしながら物件探しも並行していました。1年以上探していたかな。ある時、僕のビジネス・パートナーのダン・イーと狙っていた物件がたまたま広告に出ていて、間取りを下見した後にビールを飲みながら決めたんですよ。「どうする?」「やる?」「じゃ、やろう」と(笑)。何もないところからダンとふたりでデザインも手がけて、2014年末にオープンしたのが「Artificer Specialty Coffee Bar & Roastery」(以下アーティフィサー)です。

店内のメニューはコーヒーのみ、提供しているブリューイングはエスプレッソ、フィルター、コールドブリューの3種類です。というのも、フードを出すにはキッチンが必要だし、シェフやウェイターもいるし、とにかくコストが上がりますよね。なおかつ、売り上げは必ず上がるでしょうが、そのぶん利益も下がるというのが僕の考えです。アーティフィサーの場合はコーヒーだけですから、売り上げがそこまで伸びなくても利益率はフードを出すより高い。それに、うちは焙煎もやっているので卸し先がありますよね。ダンがパートオーナーを務めるアーターモンの「Salvage Speciality Coffee」や、僕が「Single Origin Roasters」にいた時いっしょに働き、アーティフィサーも手伝ってくれていたショーンが昨年オープンさせたサリーヒルズのカフェ「Neighbourhood BSM」、ボンダイとメルボルンにある「Saturdays NYC」という洋服ブランド店などがメインの卸し先で、他にもフィルター用の豆をケアンズやパースの店に販売しています。卸し先があるので、自分の店があまり忙しくなくても生きていけるというわけです。

 

生豆選びから焙煎、抽出までを集約した、コーヒーへの変わらない思い

コーヒーのクオリティが大事ですね。本当に、それしかないので。生豆のセレクションからコーヒーとして提供するまで、すべて自分たちでコントロールできるようにするのも、クオリティのため。僕らのコーヒーは、僕らが毎日飲みたいと思うようなコーヒーです。特別に高い豆でもありませんが、安い豆でもない、僕らが本当に飲みたいコーヒーをいつも提供しています。自分で納得しないものは出したくありませんから。

たとえば、ケーキを作る時にはグラム数を計るでしょう。同じように、コーヒーを作る時もグラム数を計っています。どれだけ性能のいいグラインダーでも、毎回同じグラム数は計れないんですよ。そのグラム数を毎回ちゃんと計ることが億劫にならず、ちょっとしたことを気にかけられる人なら、基本的においしいコーヒーは誰にでも作れますよ。結局、バリスタって同じことをやるだけなんですが、そこのクオリティを落としたくないし、妥協もしたくない。

生豆の選出も大事です。会社によっては同じ豆を買い占めて1年中使いますが、アーティフィサーではどんどん豆を入れ替えます。僕は、豆は収穫されて9ヵ月以降で味が落ちると考えています。農園で収穫されてからシドニーに届く、その期間を大体6ヵ月と見ていて、その生豆を入荷してから3ヵ月以内に使い切りたいんですよ。じゃないと生豆の味が落ちて、そうなるとどんなにいい焙煎でも味の悪さが出てしまう。僕は、その味が大嫌いなんです。もしその味を自分の豆で出してしまったら、スタッフが誰も話しかけてこないほどイライラしますよ(笑)

その味を唯一隠してしまう方法が、焙煎を濃くすること、要するに深煎りです。どんなに新鮮な豆だろうと古い豆だろうと、ある一定の線を超えて深く焙煎すると味が同じになるんです。ですから、スーパーなどで賞味期限が書いてある豆は、基本的に古い豆を深煎りしているだけ。深煎りするとより苦味が出て、浅煎りは反対に酸味が出ます。バランスよく焙煎すると、ちょうど甘みと酸味とがすべて調合された状態になります。

生豆から焙煎、抽出まで、すべてを試行錯誤して2年になりますが、そうして自分が責任を持ってやっていることに対して、ようやく自信を持てるようになりました。今まで少し半信半疑だったことが、途中経過とはいえ確信になりつつあると思います。

 

変化していくオーストラリアの“カフェ”という空間、“バリスタ”という役割

最近は明らかに、消費者の方がクオリティをわかって店を選んでいますよね。名前ばかり売れたチェーン店より、地元のロースタリーと組んだカフェに通う。言葉は悪いですが、いい加減にコーヒーを出している店は長く続かないだだろうと、僕は思いますよ。

今はコーヒーマシンも自動化された部分が多くて、アーティフィサーでもグラインダーとタンピングをしてくれるマシンを導入しています。腕への負担が減って助かりますが、もちろん人の温かみも大事。マシンだらけだと空気がちょっと冷たいかな。お客さんがカフェに求めるものも、コーヒーだけじゃありませんし。カフェはどこにでもありますが、わざわざその店に来るのは毎日そこにいるスタッフとしゃべりたいからなんですよ。アーティフィサーに来る人も、コーヒーだけが目当てじゃなくて僕かダンに会いに来てくれるわけですから、お客さんとエンゲージできるように、2人もしくはどちらか一方が必ず店にいるという方針です。

時間にタイトなシティのカフェと違って、アーティフィサーはお客さんとしゃべるのも仕事のうち。スタッフを雇う時もバリスタのスキルはあまり気にしません。それよりも、お客さんと会話するエンターテインニングのスキルが必要なんですね。ですから、おいしいコーヒーが作れても俯いてばかりいる人はウチには向いてないかな。バリスタのスキルは教えたら必ず伸びますが、コミュニケーションのスキルというのは、ある程度の年齢になるとなかなか伸びづらい。どのくらいお客さんとエンゲージできるかというポイントを最も大事にしています。

 

クオリティに妥協しないアーティフィサーを、今あるべき姿のまま育てる

“自分たちがやりたいことを、自分たちの手の届く範囲内でこなせている”のって、幸運なことだと僕は思うんですね。今のところ、アーティフィサーの2店舗目は考えていません。僕とダンが分かれてしまい、お客さんとエンゲージできなくなってしまいますから。どこかで近い内に、小さな自分の工場を構えたいとは考えています。今はシェアしているかたちの焙煎場を専用の場所に移して、もう何ヵ所か卸し先を増やせたらいいなと。

今もシドニーでおいしいカフェというと、「Mecca」や「Single Origin」の名前がよく挙がりますよね。メルボルンに行くとメルボルンの有名店が挙がるでしょうし。そこで「シドニーでどこのコーヒーがおいしい?」とか、もっと大きく「オーストラリアでどこのコーヒーが一番おいしい?」とか誰かが口にした時に、普通の人から真っ先に「アーティフィサー」の名前が挙がるようにしたいんですね。「オーストラリアで一番おいしい」と言われるコーヒー屋さん。それが僕の今の目標です。

 

“苦労”と考えない、いつも楽しいと思える毎日が幸せ

在豪15年になりますが、まさか自分の店を持つとは思いませんでしたよ。シドニーのペースもライフスタイルも好きで、仕事が終わったらのんびりしたい。公園で寝たり、海で泳いだり。それこそ、1月なんか午後1時に店を閉めて毎日海に行くような生活を楽しんでいます。

“苦労”という言葉は、自分ではあまり感じたことのないもの。人から「苦労したんだね」と言われて「ああ、そうなのかな」と思いもしましたが、そうした“苦労”も下積み時代も、僕にとっては楽しいものでした。もうね、皿を洗っていても楽しくて仕方がないという(笑)。朝4時半に起きて午後2時まで働き、夜まで学校で勉強する生活を3、4年続けていましたが、やっぱり楽しかったんです。「自分にはコーヒーしかない」という決意や「中途半端で日本に帰れない」という気持ちもありましたが、そういうことを含めても“楽しかった”という一言に尽きますね。

 

Artificer Specialty Coffee Bar & Roastery

547 Bourke Street, Surry Hills NSW 2010
営業時間:火〜金 7:00-15:00、土日 8:00-13:00(祝日は要確認)
定休日:月

>>Artificer Specialty Coffee Bar & Roasteryの最新情報はこちらからチェック!http://artificercoffee.com

 

佐々昌二(Shoji Sasa)

2002年にワーキングホリデービザで来豪。ボンダイのカフェ「Gusto」で皿洗いからスタートし、コーヒー作りの魅力に目覚める。ニュータウンの「Campos Coffee」を経て、2007年にサリーヒルズの「Single Oligin Roasters」に移ってからはその頭角を現し、現在のバリスタShoji Sasaとしての土台を確立。2012年にはシドニー・モーニング・ヘラルド紙の「Good Cafe Guide」にて日本人初のベストバリスタを受賞。翌年2013年に「Mecca Espresso」へ移籍して焙煎を学ぶなど、スペシャリティコーヒー店でさまざまな経験を積む。その後、2013年のベストバリスタに選ばれたダン・イー氏とタッグを組み、2014年末に念願の店「Artificer Specialty Coffee Bar & Roastery」をサリーヒルズにオープン。生豆の選出・焙煎・抽出まですべてを集約したコーヒーの専門店として、そのクオリティの高さで注目を集めている。

 

取材・文:武田彩愛 撮影:千葉征徳(写真は一部佐々氏より提供)

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