jams_business
日系コミュニティ

第5回 吉田昌平氏 東海旅客鉄道(JR東海)シドニー事務所

 

日本で東海道新幹線を運行するJR東海のシドニー事務所所長 吉田昌平氏に、オーストラリアで話題の高速鉄道計画と新幹線の実現性なども含めて、駐在生活をお聞きした。

海外駐在は考えてもいませんでした

入社した当時は、海外で仕事をするということはまったく考えてもいませんでした。当時は台湾新幹線への技術協力を行っているものの、ほとんど海外での仕事はありませんでした。当社が高速鉄道の海外展開に本格的に取り組み始めたのもここ7、8年の話です。

JR東海は基本的にはドメスティックな会社なので、海外赴任させてもらえたのは幸運だったと思います。通常ではできない経験ができるということで大変エキサイティングでした。

実は、6年前に、米国の連邦運輸省鉄道局に1年間派遣されていました。米国での豊かな暮らしぶりなどを見るにつけ、またいつか米国で仕事ができれば良いとは漠然と思っていました。まさかオーストラリアに来ることになるとはまったく夢にも思いませんでした。でも、また海外で仕事ができるということでワクワクしました。

JR東海は、海外に事務所が3つあり、いずれも現地の鉄道に関する情報収集や情報提供などの業務を行っています。今は、米国では新幹線やマグレブ(磁気浮上式リニアモーターカー)の海外展開に力を入れておりで、英国では欧州の鉄道に関する情報収集がメインです。オーストラリアは、以前はワインの輸出などサイドビジネスにも取り組んでいましたが、3年前の連邦政府による高速鉄道の事業化調査の発表以降、高速鉄道のプロモーションを中心に取り組んでいます。

オーストラリアは高速鉄道の経験がありませんから、日本の経験に対しての関心は高く、高速鉄道がどのくらい国や都市に良い影響を与えるのか、日本の事例を紹介してメリットを知ってもらいます。また、日本に旅行に行かれる方が多くいますし、新幹線に乗られた方が多いので、日本の新幹線の素晴らしさをよく理解してくれています。

高速鉄道の実現に向け恵まれた状況に

オーストラリアでの仕事は基本的にはやり易いと思います。政府や企業などのハイレベルな方々に会おうと思えば、意外に簡単に会って頂ける場合があります。日本と比べると、会うこと、話をすることに対してのハードルが低いのはやりやすい点です。また、日本に行ったことがある人も多く、新幹線についてほとんどの方が知っていますし、日本に対して好印象を抱いてくださっているのも良いところです。

一方で、政府を相手にしていると、政権交代のたびに政府の方針が変わるといった難しい面もあります。ターンブル首相に交代してからは、高速鉄道について風向きが大きく変わって、今は恵まれた状況だと感じています。

現政権は、どうやって高速鉄道を実現するかということを真剣に考えているので、これまでと大きく状況が違います。遅かれ早かれ、高速鉄道が実現するとは思っています。シドニーとメルボルンは共に400万人を超える大都市で、今世紀半ばには倍になると予想されています。シドニー・メルボルン間は世界で4番目の航空路線であり、移動需要も既に大きい区間となっています。今後、高速鉄道による大量輸送手段が必要になってくるのは確実です。

オーストラリアで高速鉄道が必要とされる一番の理由は、大都市への人口集中による住宅供給不足や混雑の問題と今後の人口増への対応です。高速鉄道により周辺の都市を結ぶことで地方の発展と人口の分散が期待されています。それに加えて我々が日本の経験から伝えているのは、新幹線によって社会やビジネスのあり方、人々のライフスタイルが変化してきたということです。つまり、高速鉄道がもたらすのは、トランスポーテーションではなく、トランスフォーメーションなのです。シドニーとメルボルン間が3時間弱で結ばれ、さらに多くの方が、中間都市からも頻繁に移動するようになり、地方に産業立地が起こるなど、いまオーストラリアで考えられているよりも大きなインパクトがあると思います。

駐在暮らしをエンジョイしています

オーストラリアでの暮らしでは、慣れない環境での小さい息子3人の世話で、妻には苦労をかけています。それでも妻も海外生活を楽しみに一緒に来てエンジョイしているので、私自身も安心して仕事をエンジョイできています。オーストラリアは暮らしやすい国ですし、このままずっと住んでいたいと思うほどです。

6歳の長男が小学校(現地校)に行っていますが、最初の3週間は毎朝、行きたくないと泣いてしまい、私もかわいそうで泣けてきました。でも、1カ月で完全に馴染んでくれて、どんどん英語を身に付ける姿を見てうらやましく思っています。今では日本に帰りたくないという始末で、これでは帰国する時がまた心配です。

オーストラリアにはこれまで旅行でも来たことがなく、できれば滞在中にいろいろなところに旅行したいです。この1年間は遠出の旅行ができなかったので、これから計画的に旅行したいと思っています。米国時代には数多くの国立公園を訪れました。いろいろな自然を楽しむのが好きなので、今は近くでブッシュウォークなどを楽しんでいますが、タスマニアやニュージーランドなど、日本からなかなか足を伸ばせないところに行ってみたいですね。

ライフスタイルを学ぶ反面、長期的な視点を持ってもらいたい

オーストラリアは広大な国で壮大な自然をイメージしていたのですが、シドニーやメルボルンなどの大都市では、想像していたよりも道路や鉄道が混雑していたり、意外に道路が狭かったりといった点はイメージと違いましたね。また、物価が高いとは聞いていたのですが、これほど高いとは思いませんでした。特に外食すると大変です。でも日本食がこんなに簡単に味わえることには驚きました。日本レストランやラーメン店などが多く、食べたいものが食べられないなんてことはほとんどありません。

オーストラリア人は家族を大事にする一方、仕事においては限られた時間を有効に効率的に過ごそうという意欲が感じられるのは想像以上でした。短時間で集中して仕事をし、休む時、遊ぶ時は目いっぱい楽しむという印象で、学ぶところもあります。

一方で、もう少し長期的な視点を持って物事に取り組むと良いのに、と思うこともあります。インフラ整備の観点では、日本では中長期的な視野で新幹線など大きなプロジェクトを国が責任を持って計画、推進していきますが、オーストラリアでは短い視野でしかプロジェクトを進められないのが残念です。現状の課題を解決するだけでなく、国を成長させていくための視点で物事を判断するようになればよいのですが。

二大政党制で常に選挙で政権の奪い合いをしたり、短い頻度で転職を繰り返したりという状況が、短期集中は得意ですが、長期的な視野で物事を考えることを阻害しているのかな、と感じています。

私自身は土木技術者として世の中に貢献できる仕事をしていきたいと願っています。明治の時代から、先人の土木技術者は日本国内だけでなく諸外国のインフラプロジェクトに広く貢献してきました。もし高速鉄道をオーストラリアで実現できる状況になれば、一生をオーストラリアの高速鉄道の発展に捧げるのもやりがいがあると思います。そうでなくても、オーストラリアで老後、夫婦でゆったり余生を過ごすのも良いと思います。

素晴らしい環境で、ワインや釣りを楽しんでいます

最近一番個人的に楽しんでいるのは、オーストラリアの美味しいワインを見つけることです。ワインのガイドブックと酒屋のチラシをにらめっこしながらいろいろなワインを買い込み、楽しんでいます。こちらのリカーショップは、どこもワインの種類が充実しているので、勉強すればより一層楽しめます。また、ハンターバレーが近くにあるので、ワイナリー巡りも楽しんでいます。

東海道新幹線の車内や駅の売店で販売しているワインは、実はオーストラリアのワインです。販売しているワインは、私が選んだわけではないのですが、ワインの目利きと勘違いされてレストランでワインの選定を頼まれることもあるので、そういった時にも役立てればと思います。ちなみに、ワインと合うおススメのおつまみは、フィグログとブリーチーズを合わせたものです。


オーストラリア人と日本人は気が合うところがありますね。オーストラリア人は基本的に皆さんフレンドリーですし、初めて会っても打ち解けやすい方が多いなと感じています。環境も自然がたくさんありますし、身近なところにビーチや公園があり、生活していて気持ちのよいところだと思いますし、人も環境も素晴らしいですね。

BBQは日本でしなかったことですが、ほぼ毎週末バルコニーで肉や野菜を焼いて、楽しんでいます。魚釣りや海水浴もほとんどしなかったので、いろいろなビーチを訪れて楽しんでいます。実は魚釣りは前任者の趣味で、引き継ぎ事項として私が釣り竿共々、受け継ぎました。

日本に帰ることになったら…

祖母に成長したひ孫の姿を見せてあげたいですね。それから家族旅行をして温泉でゆっくりくつろぎたいです。


連載『オーストラリア駐在員物語』の過去記事一覧はこちら
>>https://www.jams.tv/author/jams_businessをクリック

この記事をシェアする

この投稿者の記事一覧

概要・お問い合わせ

その他の記事はこちら