皆さん、あけましておめでとうございます。年末年始は楽しく過ごされましたか?
シドニーに滞在している人なら、ニュージーランドのギズボーンから初日の出を拝んだり、東海岸やノーザン・ビーチでBBQをして泳いだり、と日本では体験できないお正月を満喫した方も多いでしょう。
かくいう自分は、大晦日の花火大会を見に行く予定でしたが、元旦だけは、ビーチよりもBBQよりも何よりも…
初詣に行きたい。お守りもほしい、できれば「厄除け」が…。
思いつくと一直線なので、何かないかとさっそく方法を探してみました。そもそも国勢調査の結果を見てみると、オーストラリア国内の約60%がキリスト教、無宗教が20%をようやく超えてきたところ。仏教は2.5%、イスラム教は2.2%、その次がヒンズー教、おそらく神道はユダヤ教や他宗教とまとめて「その他」か「無回答」に入っている模様…、やはりマイナーです。
思い返せば、クリスマスにオーストラリア人の家庭へお邪魔したときも、夏の暑さとBBQをのぞいて、イギリスで過ごすクリスマスとさして大差ありませんでした。やはりカトリックの国なんですね。シドニーでモスクもシナゴーグも見かけませんし、寺はありますが神社はありません。カウラやオーバンには鳥居だけあるとのこと。しかし鳥居だけくぐりに行くのも、と思いはじめていたところ…
「まあ、シドニーには神社ないだろうね。ぼくは京都にいる親戚のとこで年越しだけど」
と日本にいる友人が、電話口でこう言いだしたのです。
「うらやましい」
「トラディショナルな日本の正月でしょ」
このとき、わたしはひらめきました。
「初詣も行く?」
「うん」
「洛北なら上賀茂神社とか貴船神社とか?」
「もっと北かな」
「神社ならどこでもいい」
「また何か変なこと考えてるよね」
こんなときこそ文明の利器を使ってみよう。というわけで、初詣に行く日本の友人に、ビデオ電話で初詣を中継してもらうことに。もちろん、中継といっても一から十までの行程ではなく、さすがに参拝のときだけですが。そしてほどなくも完了し、ようやく安心できたので、シドニー・ハーバーで花火を見ながらあっという間に年を越すと、日が昇ってからの初詣を楽しみにしながら眠りにつきました。
「恥ずかしいからイヤなんだけど」
元旦の昼ごろ、とある日本の小さな神社の境内に着いた友人から難色の声もといメッセージが届きました。
「お願い」
「無理、人多い」
ここまできたのに(行っているのは友人ですが)あきらめたくはありません。
「遠くからでいい、遠くから拝むから」
「どれぐらい?」
「拝殿から10メートルくらいで我慢する」
「拝殿って何?」
「本殿の手前に大体ある。じゃ、御賽銭入れるところから10メートル」
「御賽銭が届かないよ」
「君の分と一緒ってことにしといて」
こうして本殿から遠のいたものの、わたしが新年の感謝と抱負を神様に祈り終わるまで、中継はつなげてもらえました。便利な世の中になりましたね。
多文化主義のオーストラリアでも、さまざまな宗教があり、それぞれの信仰を尊重することは大事ですが、どんな信仰であっても、今の自分にあるものと支えてくれる人々に感謝する気持ちの重さに、なんら変わりはないでしょう。境内の端で長々とビデオを撮る参拝客と見られたであろう友人に、わたしも心から感謝しています。
その後…
「お守りコレでいい?」
「ありがとうございます! 土下座したい」
「ラミントン送ってくれたらいいよ 笑」
良い一年になりそうです! 今年もよろしくお願いします。
文:武田彩愛(編集部)