今日は8月15日。日本では終戦記念日です。いまから66年前の1945年8月15日、天皇による玉音放送があり、日本は連合国に対して無条件降伏をしたわけです。しかし、終戦記念日っていうのもなんか変ですね。たしかに戦争が終わったのだから「終戦」に違いはありませんが、どこか傍観者的な響きがあります。自分で起こした戦争に負けたわけですから、敗戦の日であり、戦没者慰霊の日であり、二度と戦争をしないという誓いの日でもあるわけですから、もう少し違う呼び方があってもよいのではと思うのですが…。
日本が連合国に降伏した日ですから、米国や英国、もちろんオーストラリアにとっては勝利の日であり、VJ Day(Victory in Japan Day)として祝勝した記念日ですが、英国以外ではいわば「対日戦勝記念日」として、日本が降伏文書に署名した9月2日をその記念日とする国が多いようです。
この1945年8月15日のほぼ1年前の8月5日、シドニーから西に約250キロの小さな町カウラの捕虜収容所で、日本兵捕虜による集団脱走事件がありました。いわゆる「カウラ・ブレイクアウト」です。この事件で日本兵捕虜231名と、オーストラリア兵4名が死亡しました。「生きて虜囚の辱めを受けず」(戦陣訓)という軍隊の教えが「捕虜は不名誉で非国民だ」とされ、捕まっているよりは死んだほうがいいとばかりに、自決的な集団脱走事件につながったのです。
その一方、敗戦(終戦)になって、米国の占領軍がやって来て日本を統治しますが、昨日まで戦っていた憎き敵国に対して、ゲリラ戦など日本が内戦状態になるかと思ったら、まったくそんなことはなく、「ギブ・ミー・チョコレート!」などと米軍のジープを追いかける始末です。
日本人の国民性って一体どうなっているのでしょうね。集団ヒステリー状態で、特攻までしてしまう勇猛果敢な精神かと思えば、それまでの敵国に対して卑屈なまでのすり寄りが精神的に同居しているわけで、なんだか理解不能な国民のようです。後にブッシュ米国大統領がイラク戦争に勝って占領をはじめた時、日本の占領はうまくいったのだから、イラクもうまくいくと話しましたが、そんなことはなく泥沼の内戦状態になったのはご存知の通りです。その時、「日本は特殊なんだ」ということが言われました。
そんな特殊で不思議な国民性の日本が、それでも、戦後、空襲でまったく何もなくなった焼け野原のなかから、高度経済成長を遂げていったわけですから、その勤勉性や精神性はいまでも日本人に誇りを持たせています。NHKのプロジェクトXの世界ですね。
とは言っても戦後66年ですから、高度経済成長を担ってきた団塊の世代の人たちが引退し、これからの日本を作っていく世代の大半は、戦後の混乱期や経済成長していく日本を知らずに育ち、豊かになった日本をみて大きくなってきました。
今年3月に大震災が発生して、がれきの街となった東北の光景を見て、「戦後の焼け野原と同じだ、また復興に向けて進むしかない」などと言われていますが、戦後、国民一丸となって高度成長を成し遂げたようなエネルギーは、果たしていまの日本にあるのでしょうか。
戦後復興の原動力となった「飢餓感」は、いまの日本にはまったくありません。被災地ではもちろんまだまだ苦しい日々が続いていますが、残りの日本はどうでしょうか。せいぜい夏の暑さを節電で乗り切る「覚悟」くらいでしょうか。いったん味わった豊かな生活を捨てたくはないにしろ、節電と言われればおとなしく協力する多くの国民にとって、高度成長の夢を追いかける強いエネルギーはどうしても見ることができません。
国の目標を見いだせないでいる今の日本は、成熟してしまった国の抱える新たな問題を見せてくれています。
せっかくワーキングビザを取ってオーストラリアに来たのに、 ・ 全然仕事が見つからない ・ 仕事が日本食レストランで日本語…