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フレンドリー過ぎるお客様

 

 

 今日はフレンドリー過ぎて、バスドライバーにとってちょっと困ったお客様の話をしたいと思います。

 

 

 このお客様は夏の訪れと共に必ず現れます。私も今年すでに数人のお客様に遭遇しました。このお客様はおひとりで乗ってこられることもありますが、大体いつも数名のグループで乗ってこられるようです。とてもすばしっこい方のようで、いつバスに乗って来られたのか、私には皆目見当もつきません。いつも無賃乗車(フリーライド)をされます。お金なんて払う気もないし、そんなものはもともと持ってもいないように見受けられます。バスに乗ってどこかへ出かけるのが目的ではなく、ただエアコンの効いたバスの中に涼みに来ているだけなのかもしれません。このお客様、バスに乗ってお座席におとなしくお掛けになっていてくださるのでしたら、いくら無賃乗車とはいえ迷惑だとは思わないのですが、とても楽しそうにバスの中を、まるで空中でも舞っているかのようにうろつきまわるので、バスドライバーは気になって運転に集中できません。そしてなんと他のお客様の近くに寄って行っては、その腕や顔をなめ始めるので、みなさまとても迷惑そうにしていらっしゃいます。しまいにはあろうことか、運転中のバスドライバーのもとに近づいて来て、他のお客様同様に腕や顔をなめ始めるのです。バスドライバーは運転に集中しなければ事故になりかねませんので、こんなお客様にはついつい冷たく接してしまうのですが、お客様は全く気にもしていない様子。あまりにもしつこいので、ついかっとなって大声で怒鳴りそうになるのですが、そこはバスドライバーもプロですから、感情をぐっと押し殺してお客様に顔をなめられようが鼻をくすぐられようが黙って我慢をしています。

 

 アップルストアに差し掛かったところで信号は赤に変わり、バスはゆっくりと停車した。この機をチャンスとばかりに、バスドライバーはお客様の行動をじっと観察することにした。お客様はバスドライバーが掛けているサングラスの淵に相も変わらずのん気に止まっていた。バスドライバーはここぞとばかりに今までの恨みを晴らすべく、大きく深呼吸をして全神経を指先に集中させ、猛烈なデコピンをお客様めがけてお見舞いした。デコピンはシュンと空気を切り裂く音と主に、見事お客様にクリーンヒット。お客様は苦しそうにバスの床の上でのたうち回っている。運転席の近くに座っていた白髪交じりで首に十字架のネックレスをしたギリシャ人のおばあさんが、興味深げにお客様を見つめていた。 そんなことをしている内に信号が青に変わり、バスはゆっくりと走り出した。

 ウインヤードに差し掛かったところで渋滞にはまり、バスは停車した。バスドライバーは何気なくさっきまでお客様がのたうち回っていた床の上を見下ろしてみたが、そこにはもうお客様の姿はなかった。バスドライバーは少し悪いことをした気がしたが、これも安全運転のためなので仕方がないと、独り言のようにつぶやいた。

 長い沈黙の後、ようやくバスは動き出した。ゴーゴーとうなるエアコンの音と共にバスドライバーの耳元に、またお客様のはばたく羽根の音が聞こえてきた。 

 それにしてもさっきバスドライバーからあんなにひどい仕打ちを受けたにも拘わらず、お客様は一向に気にしていないかのようにバスドライバーの顔をまたなめ始めるのだった。

 

 さすがオーストラリアのハエはとてもフレンドリーですね。

 

 

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