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Y子
31歳。ものごとをあんまり深く考えていないのでストレスは少ない。自分の身に危険が迫ると恐怖のあまり脳がヒートしてしまい、笑い出してしまうクセがある。以前バンジージャンプをした時、飛び降りた瞬間からケラケラ笑っていた。お化け屋敷でも笑い出すので、お化けにビックリされてしまう。19歳でメイクアップアーティストに憧れて専門門学校へ。その後ファッションショーなどの現場で働くが、給料が安すぎて、家の電気、ガス、水道を止められる。それでもコンビニのトイレや銭湯に通いながら粘り強く続けるが、毎日ツナ缶だけで生活していたため、体重が40kgを切ってしまい最後は栄養失調で倒れてしまうという経験を持つ。彼氏ができると何よりも優先してしまうため友達はほぼいないという残念なタイプ。現在セカンドWHでシドニー滞在中。
こんなものが私の身体に住み着いていたとは…
小学校の夏休みの宿題に自由研究というものがある。私はこの宿題だけは結構好きだった。自分でテーマを決めて勝手に研究しなさいという個性を大切にしてくれる宿題だからだ。5年生の夏休み、[田んぼの生き物]というテーマで研究することにした。田んぼに興味はなかったが、当時住んでいた家の近くには田んぼしか見当たらず、なぜか顕微鏡が大好きだったのでそれを使える研究にしたかったのだ。そしていよいよ夏休みがやってきて、研究を始めることにした。田んぼの水を汲んできて水をスポイトで吸い、スライドガラスに2、3滴垂らす。後はレンズを覗いてピントを合わせるだけ。さて、この中にはどんな生き物がいるのだろう。少し怖いが興味深々だった。段々ピントが合ってきて何か生き物のようなものが見える。そしてピントが合った瞬間、私はこの世のものとは思えないほど、恐ろしいものを目にした。それは足がびっしり生えていて透明な芋虫のようなものだった。次の瞬間、大声で『ギャーっ!』と叫んでいた。隣の三軒先の家まで聞こえていただろう。そのあとは顕微鏡に近づくのも恐ろしく、私の自由研究は初日で幕を閉じた。あんな2、3滴の田んぼの水の中にこんな恐ろしい怪物がいたとは…。私の敵はゴキブリ程度の大きさからだと思っていたが、その時から目には見えない微生物も敵の一部に加わったのだ。そう、目には見えない生き物ほど怖いものはない。見えるものならスプレーやハタキで戦いようがあるが、見えないものは戦いようがないのだから。その恐ろしい敵とここファームで対峙することに。ダニだ。ダニを顕微鏡で見た時も悲鳴を上げたが、こんな生き物が私の皮膚を襲うのかと思うと鳥肌が立つほど恐ろしい。姿形でいえば蚊の方がまだマシだと思う。しかし、夏場のファームで生活するというのは、本当に大変なのだ。作業場で野菜や果物についた微生物が洋服や体に付着し、そのまま家に帰ってベッドで寝てしまうとその微生物がベッドに付着してしまうらしい。いくら清潔を保っていても、その微生物にいつ襲われるか解らないのだ。1月のガトンは夏真っ盛り。そして微生物がそこら中に徘徊しているらしく、とうとうその魔の手が私にも襲ってきたのだ。体じゅう何者かに刺され、真っ赤に腫れていた。背中に至ってはシェアメイトが同情するほど、無残な姿になっていたらしい。必死に日本から持ってきたムヒを塗っていたが症状は悪化するばかり。ただ、腫れているだけなら治まるのを待てばいいかもしれないが、痒くて皮膚を掻いてしまうので一向に治る気配がなかった。昼間は寝ているマットを天日干しにして、部屋はバルサンを2回撒いた。しかし、刺される箇所は増えるばかり。日本語の通訳のいる病院はブリスベン市街まで行かないとなかったが、これ以上ひどくならないうちに行くことにした。さっそく検査してもらうと驚くことを先生が口にした。 『これはもう皮膚の中にダニが住み着いていますね、いくら部屋を清潔にしてもまったく意味がないですね』 今、なんて? 私の体の中にダニが住んでいる? 先生は人ごとだからそんな落ち着いて説明しているけど、あの顕微鏡で見たような怪物が私の中に…。泡を吹いて失神しそうだ。今すぐ皮膚をはがして浄化してくれ! 先生は放心状態の私に『大丈夫、大丈夫。ハハハ』と笑っている。ハハハって…。大丈夫じゃないし、のん気に笑ってんじゃないよ、この鬼医者め。神様、これは何かの罰でしょうか? 私がこの世で一番キライなものをご存知ですよね。それを知ってのことでしょうか。皮膚の中に…。早くなんとかしなけば。とにかくこの鬼医者のいうことをよく聞いて帰らなければ。放心状態から戻った私はメモ帳を取り出した。先生は水のシャワーを浴びた後、体をよく拭いてから塗り薬を全身に塗れば2週間ほどで皮膚の中に住んでいるダニは死ぬという。2週間も皮膚の中にダニがいると思うとおぞましかったが、やるしかない。それから、私とダニたちの戦争は幕を開けた。その晩から言われたとおりシャワーの後、薬を塗って攻撃をしかけた。だが、ベッドで眠る私をダニが攻撃してくる。マットは毎日天日干しして、さらにそのあとも熱で退治するため真夏の部屋でドライヤーの熱風を延々と送り続けた。私の脳も部屋の温度もヒートアップし続けた。だが、ここまで仕掛ければ負ける気がしなかった。そしてこの作業を1週間続け、やっと終戦の時を迎えた。体の腫れと痒みは徐々にひいていき、ゆっくり眠れるようになってきたのだ。勝った…。この目には見えない怪物たちを倒したのだ。以前にも増してダニはこれからの私の人生でトラウマとなるだろう。しかし、この戦争に勝った経験も私の人生のちいさな勲章になるだろう。
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