♦うなり寿司♦
ある土曜日の夜、オージーカップルのウェディング撮影が無事に終了し、”今日もどっかでテイクアウェイでも買って帰るか・・”と重い機材を両肩に歩いていると、友人の日本食レストランのオーナーY氏から私の携帯に電話が入り、”さっき新作料理出来たから試食に来ない??”と突然のお呼ばれをうけ、私の”土曜の夜シングルディナー連続記録”はその日で打ち破られることとなった。
「冷めるといけないから、早めにね!」とまるで新婚の奥様かのように電話を切ったY氏だったが、私には「まさか、けちって歩いて来るんじゃないだろうな?さっさとタクシーに乗ってぶっ飛んで来いよ」としか聞こえず、財布の中身とにらめっこをしている間もなく、私の右手は既にタクシーをとめていた。
そんなY氏のレストランに到着した私は、もう既に缶ビールテーブルを数本並べ、赤ら顔でヘラヘラしているY氏を見て、「趣味兼仕事って、あんたのことだわ・・・」と羨ましい念をY氏に率直に伝えた後、早速豪華な新作料理を数品頂く事になった。
「まぁ、どれもこれも綺麗でおいしいねぇー・・」と次々に出てくる新作料理をバクバク頂いていると、「本当においしい?どうおいしいの?何がおいしい?もうすこしコッテリしてる方がいいかな?食材はね・・」と普段あまり答えたことが無い質問をあびせられ、「ど、どうって・・・んーーー ま、まろやかにおいしい・・・かな・・」と、食を表現する言葉として、”まろやか”しか思いつかなかった私は一瞬手が止まったが、せっかくの新作料理を”まろやか”の一言で終えてしまった私に愕然としてか、Y氏は口をあんぐりとあけたまま静止していた。
出して頂いた新作料理は、どれも本当においしかったのだが、どうやら”表現力の欠如”という言葉がピッタリな私は、学生時代の美術の授業で”このピカソの絵を見てどう思いますか?”といった質問に、”カラフルです”と真顔で答え再試験を受けさせられた事をふと思い出した。見たままである。
話はそれたが、何とか料理の素晴らしさをY氏に伝えようと、私は先日テレビでやっていたアイロンシェフ(料理の達人)の巧みなナレーターの表現を回想しようとしていた。
しかしながら、思い出せる言葉は「BEAUTIFUL! OH MY GOD! THIS IS FANTASTIC!」というアメリカン女性の吹き替え音声と、ときどき”食いしん坊バンザイの山下真司”が邪魔をして、「んー、うまいっ!」と舌づつみを打つことくらいがせいぜいで、しまいには「これって、どうやって作ったの?」と、レシピまで盗もうとしたものだから、失礼極まりない。
私的には、”家で作りたいほどおいしい”と言う気持ちを伝えたかったのだが、これではただのスパイである。
そんな私にあきらめてか、「どんどん食べなさい・・」とアーティスティックなお寿司が乗った皿をずずっと私のほうに押し出したY氏は、「んーーーっー」とうなずき、私も負けじと「んーーーっ、うまい!」と一声浴びせてみた。
それ以来そのアーティスティックな新作お寿司は”うなり寿司”と名づけられる事になったが、新作料理の感想はさておき、せめて新作料理の名付け親になれた事で、Y氏に恩返しが出来たかは「んーーっ」である。 (完)
♦シドニークリエイティブフォトグラフィー♦
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