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外人な私になりたくて・・・

♦外人な私になりたくて・・・♦

私はシドニーに移住する前に、某英会話学校学校に通っていた。 

当時90年中頃と言えば、先日倒産したNOVAや各英会話学校が大ブームの時期で、至る所に派手な看板を掲げた英会話学校があって、お昼時にはとてもスタイルがいい綺麗なブロンドのお姉さんや、まぶしいほど歯が真っ白な素敵な笑顔の外人のお兄さんが、英会話学校の前でチラシを配ったりしていたものだ。

そんな素敵な外人さん達を見ては「あらまぁー、素敵だねー、映画のスターみたいだなー」と、本来の英会話学校の目的とは異なった”よこしまなきっかけ”で、ふらふらと英会話学校を覗きにいってものである。 

当時の私は”英語が話せる=外人さんになる”といった単純な思考をもっていたので、”ここの英会話学校で学べば、英語がペラペラになるどころか、真っ白な歯をキラリと光らせた、さわやかな外人青年になれるものだと勘違いしていたのである。

私の中のこの単純な思考は、いわゆるアメリカのオリンピック代表選手などにいる”日系三世のアメリカ人”などからきていて、”MASA TANAKA”などの日本名がありながらも大きなジェスチャーで英語をペラペラと話し、どことなく精悍(せいかん)な顔つきをしている彼らのことを指すのである。 同じ日本人であるのに、別格の風格と西洋の雰囲気を兼ね合わせた不思議な存在なのだ。

”京都の田舎で、しかも週に数回駅前の英会話学校に通うだけで、MASA TANAKAさんになれるなんて、夢のようじゃないか、人生も悪くないなー”と一瞬にして人生の光が見えた私は、その場で最寄の英会話学校に入会したのである。

その夜私は既に金髪青年にでもなった気がして、スーパーでシャンプーのティモテを購入し、母のつくってくれた切干大根や炊き込みご飯、そして焼きサンマをフォークで食べる事にしたのである。 母はこの様な私の行動をイノシシのようにまっすぐ突進する単純者と私をバカにしていたが、私は”夢に向かってまっすぐな行動派”と、長所としてとらえていた。 ものは考え様である。

その夜私は、我が家の狭い風呂場でティモテで髪を洗い、既に金髪少年の気持ちなった私は、突如外人の子供になった気がして、今まで育ててくれた母に申し分けない気がした私は、「おかーさん、あたしゃこれからMASA TANAKAになるよ、でもあんたは永遠に私の母だよ」と分けのわからない言葉を残し、母の焼いた焼きサンマを完食して、その夜は床についたのである。

その翌朝、いつものように台所で漬物をきざんでいる母を見て私はこういった。

”おかーさんダメだよ、漬物はー!MASA TANAKAさんはねー、朝に漬物なんかきっと食べないんだよー!朝は外国産のコーンフレークとか手作りのアップルパイとかをねー、ゴールデンレトリーバーの走るお庭で食べて、デーリシャース!とか言うんだよー”と架空の名前や犬までお借りした私に、母はあっさりこういった。

「田中さんだか、デリシャスだかなんだか知らないけど、バカなこと言ってないで、さっさと食べなさい!あんたみたいなのっぺりした顔した子が外国産のコーンフレークなんかを食べたら、外国人の人に悪いでしょー!」

こうして私は実母から虐待を受けたが、何故かしっくり納得させられたのは、親子の血筋なのか、それとも、ただ母の言い分が的を得ているだけのかは未だに謎である。

私がシドニーに永住して今年で11年目になるが、私がMASA TANAKAのように精悍な顔の”日系三世”になったかとうと、どちらかと言えば”まぬけな顔のルパン三世”に似てきた感じがするし、外国産の”コーンフレーク”よりも長野産の漬物や”シャケフレーク”が似合う気がするのは、何故だろうか。

是非私の思い違いであって頂きたいが、念のためそうでないといけないので、あえて自問にとどめ、よい年明けを迎えたいものだ。

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