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キンクロへの憧れ

♦キンクロへの憧れ♦

今から10年以上も前に、私が京都の田舎で渡豪に憧れ、むずむずしていたときの事である。

実家からすぐ近くの本屋さんで、某豪州ガイドブックを立ち読みしながら、いつものように夢を描いていたある日、ふとガイドブック内のある言葉に目に留まった。 ”南半球最大の歓楽街・キングスクロス”  なんだか読者をそそるではないか。 ここの部分だけ文字が大きくなっていて、その上太字が使われているところは、記者の静かな強調が見受けられる。 よほどお勧めな街なのであろう。

”ほぉーーっ・・・ こりゃまた楽しそうだねぇー、南の国の最大の楽園かぁ・・・”と勝手に誤訳した私は、ココナッツの実を半分にしたビキニを着た小麦色の女性が、イルカさんの形をした噴水があるプールサイドでくねくね踊っている姿を想像していた。 

そんな無茶苦茶な想像が楽しくなってきた私は、せっかくなのでその想像に自分自身を登場させる事を勝手に決めた。 突如身長が20センチほど伸びた長身な私は突如流暢な英語を話し、真っ白な歯を光らせながら、両手の手のひらを宙に向け、「オーマイゴーッド!!」と笑っていた。 これぞ”南国の幸せ”というものである。

どこから摘んできたのか、真っ赤なハイビスカスの花を耳にさした私は、ハワイのポリネシア文化センターの踊り子のようにクネクネと踊りだし、プールサイドで主役のココナッツ美女達をを圧倒させるのである。 この時点で私は”南国のビヨンセ・ドリームガールズ”と化していた。

ビヨンセな私は、ステージの上で大胆な踊りと和田アキ子並の歌唱力でステージをねり歩き、”南半球最大の歓楽街”のドンと呼ばれるようになるのである。

私の想像はその後もまだまだ続いたのだが、どこからともなく”蛍の光”が流れてきたところを見ると、どうやら本屋は閉店時間のようだ。

私は静かに本を元の場所に戻し、近所の本屋をあとにした。

そんな日が続いたある日、私のオーストラリア行きののワーホリビザが遂に我が家に到着した。 早速パスポートが入った封筒を開けてみると、何だか南国の匂いがしたのは、気のせいだろうか。 ”もしかしたら、このパスポートはオーストラリア経由で返ってきたのかも知れない!” そう思った私はパスポートの匂いをかいでいたところ、突如うちの母がトイレから出てきてこういった。

「本当にあんたはバカな子だねぇ・・ 封筒の裏に書いてある、差出人の住所見てみなよ、京都市って書いてあるでしょ!オーストラリアの匂いなんてしないよ、バカ!」 

私の母は昔から夢の無い人間である。 私はオーストラリアのパンフレットを匂ぐと、オーストラリアの匂いを感じたし、ハワイのパンフだとハワイの匂いがした気がしたのだ。 こうして大人は子供の夢を壊し、子供の可能性に釘を打つのであろうか。 大人というものは時には魔物である。 気をつけたほうがよさそうだ。 

 

私がまだ夢見る幼少の頃、私の大嫌いなキュウリに蜂蜜をたっぷりかけて”高級マスクメロンよー”と、幼い私を平気な顔で騙し、「ぎゃぁーーっ!うぇーーっ!」と悲鳴をあげた私をみて、大笑いしたのもこの女性である事を、ついでに案内しておこう。 こうして子供は疑う事を覚えていくのだ。 大人への階段は割りとコクなものである。

話は脱線したが、そんなこんなで、オーストラリア行きの格安チケットを購入し、スーツケース1つでシドニー国際空港に到着した私は、わけのわからないままエアポートバスに乗り込み、私の宿泊先となる激安バッパーのある”南半球最大の歓楽街”キングスクロスに到着した。

30キロはあるかと思われるスーツケースを放り出すようにバスから降ろした愛想の無い運転手は、私と目を合わせることも無く、再びバスに乗り込みあっさりと去っていった。 ”南半球最大の歓楽街のビヨンセ(ドン)”に対して何たる態度であろうか。 歓楽街初日としては、まぁまぁのスタートである。

私は激重なスースケースを両手で押しながら、激安バッパーを探すべく、歓楽街かと思われるメイン通りをキョロキョロしながらあるいた。 

私が想像していた”南国の楽園”とは随分違うのは私の錯覚であろうか。 これが文化の違いによるカルチャーショックというものであろうか。 

私の想像していた、小麦色に焼けたココナッツレディの姿は見えなかったが、代わりに小麦を食べ過ぎたのか、丸々と太った50代のコールレディのおばさんがいて、何を思ったのか真っ赤な口紅をとがらして私に投げキッスをしてきたのには驚いた。  真っ白な歯をして素敵に微笑む私似の長身の男性の姿も見えなかったが、その代わりに麻薬の常習か何かで前歯が全て溶け、白目をむいている男性が道端に座っていた。 それ以外にも「ねーちゃんいるよぉー!オッパイショー!!カモーンカモーン!どーぞぉー、おにぃちゃーん、アニョハセヨー!」と、謎の言葉を話すポン引きの兄ちゃん達が私の腕を引っ張ったりと、短時間の間でいろいろな体験をし、そして困惑した。

”どうやら私は間違った場所で下ろされたようだ。 というよりは、そうであって欲しい・・・・” そんな無念な思いとは裏腹に、私が宿泊予定の激安バッパーの看板を見つけたのは、それからまもなくの事だ。

こうして私のキンクロへの憧れはあっさりと終了し、右手にもっていた某ガイドブックをクシャリと握り締めたのだった。

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