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歯抜けの同情

 ♦歯抜けの同情♦

友人Kさんはキンクロの某お店で働くショップアシスタントだ。 

お店には、なかなか日本ではお目にかかれないような麻薬中毒者や売春婦、そして酔っ払いが主なお客さんだという。 これらの方々は、以上の3つの肩書きを全て兼ねている場合もあり、下手をすると、それに加えて万引きをする者もいるらしく、一人4役の者までいるらしい。

これらの方々は”お客さん”といっても、何を買うわけでもなく、”今日は暇だわー、あんた日本人?”とKさんとの会話を楽しんだり、”あの売春婦は万引きするから気をつけな”と、キンクロ界隈のアドバイスをくれるのだという。 

その40歳前後の歯の抜けた売春婦いわく、キンクロ売春婦ネットワークにも”テリトリー”とか”顧客”があるらしく、うっかり他の顧客を寝取ってしまったり、いつものスポットから離れて客引きをしていたりすると、売春婦同士の抗争が勃発するというらしい。 

抗争といっても、殴り合いや髪の引っ張り合いなどのバイオレンスなものではなく、口げんか程度の穏やかなものらしく、そのあたりが意外なキンクロの掟といったものらしい。

そんなある日、Kさんがお店で店番をしていたところ、いつもの歯抜け売春婦が来てKさんいこう言った。

”あんたも、毎日暇そうだねー、今日なんか売ったの?” 大きなお世話だが、暇つぶしにKさんはこう答えた。

”売ったも何も、今日店に入ってきたのはアンタが初めてだよ、それよりあんたはどうなのさ?” ”今日はちょっとスローなのよ。 アンタ日本人の男誰か知らないの?”  ”そんなの知らないよ。 あたしゃ、ここ数年男に縁がないんだよ。 そうでなけりゃ、こんなところでセコセコ仕事してないわよ”と一喝すると、歯抜け売春婦は妙に納得したのか、”Sorry…."と一言残して、店を出て行ったという。

その日を最後に、歯抜け売春婦は店を訪れる事はなくなった。

”キンクロの歯抜け売春婦が、私の実情に妙に納得し、同情するかのように帰っていった事が情けない・・・・ ”と、ワインを片手にKさん我が家を訪れたのはその日の夜のことだった。

彼女は自らの実情を自らの口から発し、その上歯抜けがボソッと残した”SORRY”という言葉と同情の念が胸に響いてしかたないというのだ。

彼女をなぐさめる言葉が見つから無かった私は、”最近は、売春婦もあなどれないねぇ・・”と、うっかり追い討ちをかけるような言葉を残し、彼女の実情を更に深める事になった。

どうやら私はわりとアドリブが聞かないタイプのようである。 こういう時に人はなんと言って友人を励ますのだろうか。  

その答えが見つからなかった私は、”記憶喪失攻撃”という名の完全犯罪を図るべく、彼女のグラスにワインをなみなみ注いだのだった

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