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「たかがネット」などという時代は終わりました

先週、日本で19歳の予備校生が、大学受験でカンニング行為をしたということで逮捕されました。この予備校生は、2月に京都大学、同志社大学、立教大学、早稲田大学の4校を受験して、それぞれ試験中に携帯電話を使ってインターネットサイトに試験問題を投稿して解答を入手していたということです。入試業務を混乱させた疑いがあるということで偽計業務妨害容疑で捕まっちゃいました。

試験会場に携帯電話を持ち込んで、分からないように携帯を操作して、インターネットに接続して問題を投稿、解答を得るという今どきの「ネット犯罪」に、マスコミは一大ニュースとして報じてました。でも、要はカンニング行為で、逮捕までされちゃって、ちょっと気の毒な気がするんですね。

カンニングが見つかったら合格を取り消せばいいわけで、そもそも試験会場に携帯電話を持ち込ませること自体、大学側の不手際じゃないのでしょうか。電源を切って鞄に入れるようにと指示があったようですが、それ以上の対策はとっていないわけですから、大学の落ち度ともいえるし、それにきちんと監視しながら会場内を見回ることができなかった監督態勢の問題でもあるでしょう。

それを問わずに、「ネット犯罪」の面だけ強調して騒いで、予備校生を逮捕というニュースだけではなんだか気の毒だなと思ったわけです。もちろんカンニング行為はいけないことですが。この予備校生は、インターネットの「ヤフー知恵袋」を使って解答を得る方法を知って使い始めたと話していて、インターネットで解答入手を繰り返すうちに、入試のカンニング行為を思いついたとみられています。

普通に考えれば、誰もが見ることができるサイトに、試験中に入試問題を投稿すれば、怪しまれて通信記録で調べられてしまうだろうと思うのですが、あまりそのことは思いつかなかったんでしょうか。このあたりが日常的にインターネットに接していて、ネットの世界やその利用が当たり前の人にとっては、思いつかない、あるいは気にしないこととしてあるのかな。

いまでは便利な代行サービスもあって、読書感想文は2万円、課題論文は3万円から、卒業論文は20〜30万円という料金で、宿題から卒論までなんでもしてくれるのがネットの世界です。そんな世界に生まれた時から接していては、今回のような事件も起きるべくして起きたという気がします。

こうなるとインターネット時代に対応した入学試験を考えだす必要があるようです。いつまでも旧態然とした択一式問題とか、年号暗記問題なんか出さずに、いっそのこと携帯、パソコン持ち込み自由にして、そのかわり論述式の問題やエッセイや面接で判断するような試験を考えたほうがよほどいいのではないでしょうか。

論文にしても、最近ではインターネットで検索して類似の論文をただコピーするという「コピペ論文」が増えています。もちろん大学側も対策として、コピペ論文発見ソフトを導入して、そのような論文を見つけ出してすぐ対応できるようになっています。

学生にとっても大学にとっても便利なインターネットですが、便利さを追求するあまり、お互いその対策に血眼になるというムダなことに時間を費やしています。もっと生産的に利用しないと本末転倒ですね。

世界ではインターネットで革命が起きる時代です。こんな時代に生きている以上、インターネットの有効活用が非常に問われています。

すでにビジネスの世界ではインターネットの有効活用が当たり前です。巧妙に仕組まれた広告戦略がすでに登場し、私たちは知らず知らずのうちに、その波の中に漂っています。

例えば日本では、外出中にパソコンでグーグルメールを使って子どもの写真を受信したりすると、文字データのない写真だけのメールでも、無線LANのアクセスポイントと写真データを解析して、今いる場所の最寄りの英会話学校と七五三の写真撮影案内が、受け取った子どもの写真の横に出てくるという、テキスト連動広告以上に驚くべき進化を示しています。

いま話題のフェイスブックだって、中東民衆革命に大きく影響を与えただけではなく、これからは登録時の個人情報を元にした、さまざまな広告展開が予想されています。インターネットの世界ではとどまるところを知らない広告ビジネスの進化と広がりに、もはや逃れられないほどに私たちはネットの世界に嵌まっています。

便利なインターネットですが、つきあい方を賢く工夫していかないと、思わぬところでネット依存の状態になりかねません。もはや「たかがネット」などと言ってはいられない時代なんですね。

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